交渉学入門講座-コミュニケーションを考える-

  「グローバル人材」に必要とされる能力として、「コミュニケーション能力」は必ずといってよいほど取り上げられます。中学や高校ではプレゼンテーションやディベート、模擬国連、エッセイライティングなど、コミュニケーションに関わる様々な取組みがなされていますが、そうした取組みの中に交渉学を加えることは、今までとは違った角度からコミュニケーションを考えるきっかけになるでしょう。

 

導入

 こんなケースを考えてみてください。A社が売り出そうとしている200万円の商品がある。この商品はA社が開発した新技術搭載の自信作だが、価格は抑えて設定した。A社の営業マンがB社にこれを提案したところ、B社の担当者は150万円で購入したいと応じた。A社の営業マンは相手にも事情があるだろうと思い、170万円で再度提案し、B社への納入が決まった。

 このような話は日常的によくあると思いますが、ここでのポイントは、A社の営業マンが、何故B社は150万円で購入したいのか、その理由を確かめず、「相手の事情」を勝手に想像したところにあります。A社の営業マンは思い込みで話を進めており、ここにはコミュニケーションがありません。神奈川県にある逗子開成高校で行われた交渉学入門講座は、このようなところから始まりました。その後は次のような流れで講座は進みました。

 

逗子開成高校での講座の様子

 講座全体の構成は次の通りです。

  【講義パート】約80分

    ショートケース(上記のようなビジネス上のかけひき事例)

    講義

  【休憩】10分

  【ロールプレイパート】約80分

    2人一組でのロールプレイロールを読む(それぞれの「立場」を確認)

    交渉戦(「立場」を前提に交渉を行う)

    感想戦(ロールを交換し、お互いの「立場」を知っての振り返り)

    フィードバック02

 

 

 

 

 

 交渉学は様々なスキルの体系であり、勿論3時間でその全てを話し尽くせるものではありませんが、田村教授は「一番大切なことは聞くことです」と強調されました。私は田村教授のこの言葉を聞いた時、言語技術を思い浮かべました。言語技術は文章や絵画、あるいは人との対話などを読み解いたり、解釈する時に、その作品や言葉の中に見出せる根拠を基に論を組み立てようとするものです。例えば、その根拠に基づいて小説を批評するので、感想文とは違って、他の人と議論ができます。田村教授の言う「聞く」も同じことなのだと思いました。つまり、「相手との対話は話の根拠を確認しながら進めよ」ということです。

 ただ、その根拠がすぐに掴めるとは限らない(相手がすぐに教えてくれるとは限らない)ので、それを相手から引き出すためのスキルが必要になります。あるいは、自分の情報をどのような順番で提示するかといった「戦略」も大切です。ここに体系化された交渉学の意味があります。

 受講していた生徒は高校2年生。逗子開成高校の先生方も驚くほどの集中力で講義を聴き、実践に挑んでいました。私も生徒の間を歩きながら「交渉」の様子を見学していましたが、真剣に取り組む生徒の皆さんの熱気が部屋に充満していました。感想戦の時には、お互いに「ふっかけたな」「やられた」といった感想が飛び交い、皆笑いの中にも、相手から情報を引き出すことや合意を形成することの難しさを感じていたようです。

 

 

講座を実施した3校の生徒の感想

 田村教授は高校生向けに資料を少しずつ修正しながら、3校の講座を進められましたが、全体の流れは各校とも概ね同じでした。どの学校でも、最後のフィードバックの時間では、合意したチーム、合意できなかったチームのいくつかから田村教授が様子を聞き、「その場合はこう考えたらどうか」「こういうやり方もあるね」といったアドバイスを話されました。印象的だったのは、生徒からの十人十色の「報告」を、田村教授が一つとして否定することがなかったことです。講座の冒頭から「交渉に正解はありません」と明言されていたので、生徒の皆さんも自由に発想しながら臨んだ交渉の結果を、素直に話せたと思います。終了後のアンケートを見ると、それがよくわかります。

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「わかっていても自分の利益を考えてしまうところに未熟さを感じた。なかなか合意を得られないもどかしさもあった。」(逗子開成高校 高2)

「相手のことをあまり考えられていなかったと思う。自分の提案が拒否された時のことは考えられたが、もう少し相手を思うべきだった。」(栄東高校 高2)

「紙にかいてあったところをそのまま押し問答をしてしまいました。別の何かクリエイティブな選択肢を入れるという発想が欠けていたことに気づかされました。なかなか教わったことを実行するのは難しかったですが、普段の生活に少しでも取り入れられたらと思います。」(豊島岡女子学園高校 中3)

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 また、「三方よし」の交渉学が、それまで持っていた「交渉」という言葉から連想するイメージと違っていたという感想も多く見られました。

 

「いかに自分の利益を増やすために交渉をすると思っていたので、自分の中の価値観が変わるような、とてもためになる講義でした。」(逗子開成高校 高2)

「固定観念にとらわれないことが大事だと分かった。田村先生がおっしゃっていたとおり、正解というのは多くの場合少ないので、YesかNoのどちらかでなく、相手の真意をくんだうえで、そのあとをどうするのかを柔軟に考えることが大事だと思った。」(栄東高校 高2)

「交渉相手と究極のゴールを設定するという考え方が「交渉」というイメージと全然違い、とても斬新ですばらしい考えだなと思いました。」(豊島岡女子学園高校 高2)

 

 各校とも参加した生徒の9割近くが、もっと学んでみたいと答えていました。

 

見学された先生方の感想

 今回の講座には、SGH採択校やアソシエイト校、またグローバル人材教育に注力されている学校の先生方が多数見学に参加されました。いただいたご感想の一部をご紹介します。

 

「本校のSGHの取り組みの一環として、国際交渉力の田村先生の著書を参考にさせていただきながらおこなっています。そうしたことから、今回の「交渉学」に参加させていただきました。やはり高校生が実際にロールプレイをしている姿を見るのは非常に参考になりました。また、そのロールの設定も非常におもしろく、なるほどと思うことばかりでした。私のゼミにも反映していきたいと思っております。」

(お茶の水女子大学附属高等学校 北原武先生)

 

「交渉学は、これからの時代に必要なことだと痛感しておりますので、大変興味深い内容でした。高校生対象の導入としては、有効だと思いました。次のステップとして、気心の知れた日本人同士ではなく、発想の異なる他国・他文化圏の人間相手に(できれば…どんなに拙くても…英語で)交渉の実習ができると、「臨機応変」「問題解決力」が鍛えられると思いました。」

(富士見丘中学高等学校 椎名幸枝先生)

 

 模擬国連に取り入れることを検討される方もいらっしゃいました。コミュニケーションを考える方法の一つとして、学校へのご提供方法を検討中です。

 

参考文献の御案内

 交渉学に関心を持たれた方は、是非田村教授の著書をご覧ください。入門編として2冊をご紹介します。

『ハーバード流×慶應流 交渉学』(中公新書ラクレ、2014年1月)

『戦略的交渉入門』(日経文庫、2014年3月)