字幕翻訳コンペティションの目的

 今回のこの字幕翻訳を通じて生徒諸君には、受験勉強とか合否を問う外部試験の勉強とは異なる取り組みを通して、じっくり英語に向かい合ってもらい、丁寧に辞書を引いたり、友人と話し合いながら、日本語との違いを認識し、英語をメタ的に見る機会を持ってもらいたいと思っています。課題フィルムは、古典的なものではなく、現代を生きている中での英語が使われているものを選んでいます。映像を使った公教育で先駆的なカナダ国立映画庁(https://www.nfb.ca/)から正式に字幕を付ける権利を購入しました。多くの先生方が、「映画」を授業で活用されていると思います。リスニング、会話練習、アテレコなど、工夫された実践をよく拝見します。映像を見ながらなので、音声だけの活用よりは実践的な学習に向いていることは皆さん共有できていると思います。

DeepL almighty?

 しかし、「“May I sit here?” はどういう意味ですか」と生徒に聞いてみてください。ほとんどの生徒は、「簡単です、ここに座ってもいいですか、ですよね。」と答えると思います。sit=「座る」と頭に入っているからですね。日本語の「座る」は動作を表します。sit=「座る」と思い込んでいれば、立っている状態で目の前の人に座る許可を得ようとしているとの状況を瞬時に想像します。もちろん、日本語訳は間違っていません。しかし、sitには、「座る」動作と、「座っている」状態の両方の意味を持つ単語です。したがって、May I sit here?は、すでに座っていて、そのまま「座っていていい?」ということもあり得るのです。辞書を引けば解説はあるのですが、小学校でも習う単語ですから、分かったつもりで、辞書での確認はしないまま使っている場合が多いと思います。(sitについては実践例で詳細をご覧ください。)

例)BACK TO THE FUTURE バック・トゥ・ザ・フューチャーより抜粋 
MARTY: No, actually, people…call me Marty.
LORRAINE: Oh.
LORRAINE: Pleased to meet you, Calvin…Marty…Klein.
LORRAINE: Do you mind if I sit here?
MARTY: No.
MARTY: Fine!
MARTY: No!

 評価の高い翻訳アプリDeepLを使ってみましょう。”May I sit here?”を訳させると、「座ってもいいですか」とともに、他の候補訳が提示されて、「座っていてもいいですか」がでてきます。さすがです。もちろん字幕翻訳にあたってDeepLのような翻訳アプリを使っても構わないのですが、翻訳不可能なケースは出てきます。
例えば、「セキュリティー」という映画のワンシーンです。https://en.wikipedia.org/wiki/Security_(film)https://en.wikipedia.org/wiki/Security_(film)
Aは男性、Bは女性です。
A: Call dropped. Check your phone, please.
B: I’m dead, too. Must be a storm.
DeepLが訳すと
通話が途切れる。携帯電話を確認してください。
私も死にました。嵐に違いない。
実際の字幕は
A: 電波が悪い。 そっちの携帯は?
B: 私のも圏外だわ。 嵐のせいね。

 「映画」は、画面に現れる人物がしゃべる言葉だけでなく、ちょっとしたしぐさや、間、場所、時間、性別、年齢、人種など多くの視覚情報が同時に知覚されますが、翻訳アプリにその状況をすべて伝えることはできず、文字情報のみです。どんなに進化した翻訳機でも画面上の状況を全て掴めませんので、この会話を正確に訳せません。ところが、A:… B:…とセリフのように入れて訳させると、さすがです。しかし性別、文語、口語あたりがあいまいになります。
A:通話が途切れる。携帯電話を確認してください。
B: こちらも切れました。嵐に違いない。

ちなみに、以下のようにすると、、、
A man : Call dropped. Check your phone, please.
A woman : I’m dead, too. Must be a storm.
男性 : 電話がつながらない。携帯電話を確認してください。
女性 : 私も死んだわ。きっと嵐ね。

翻訳での一工夫

 翻訳には Domestication と Foreignization があります。日本語にするときに、そのまま訳すForeignizationと、日本人にわかりやすいように敢えて意訳するDomesticationのようなことを考えることになります。古い話になりますが、太宰治「斜陽」の翻訳で、ドナルド・キーン氏は「白足袋」をあえて、white gloves と英訳しました。誤訳ではありません。英語圏の読者には「白足袋」の持つ文化的な意味合いとして、どういうときに履く物なのか理解が難しいし、説明を加えては興ざめになります。こういうことをDomesticationといいます。今回は、オノマトピアの翻訳もそうですが、例えば「バウ・バウ」とそのまま音声を描写するより、「ワン・ワン」とすることで犬の鳴き声であると日本人には一瞬でわかります。英語を英語で学ぶことは大切ですが、敢えて日本語との比較をすることで、それぞれの母語習得者が持つ「スキーマ」を認識し、違いが分かれば、学ぼうとする外国語へのアプローチとインストールをしやすくすることができると思っています。

ITも活用しましょう

 実践例にも言及しましたが、スクリーンプレイのHP(https://www.screenplay.jp/) には「映語犬サク」があり、劇中で使われるセリフを検索し、どの映画のどの場面で使われているかのデータベースがあります。また、正確かどうかは別として、公開されている映画のスクリプトはネットで入手ができますし、登録は必要ですが、Netflixや、Amazon prime videoのように映画を手軽に鑑賞できる時代になりました。Chromeの拡張機能を使えば、字幕を表示しながらの視聴もできます。(https://www.subtitlesfll.com/ja
また、音読した内容を音素レベルでAI判定してくれるアプリも登場しています。(https://jp.elsaspeak.com/https://www.subtitlesfll.com/ja

最後に、「4技能を生かした活用法」と簡単なワークシートを添付しますのでご利用ください。また、先生方の実践例をご提案いただければ、謝礼とともに、こちらに掲載させていただきたいと思いますので、ご連絡ください。